セミリタイア×セミニマリストが最善手である理由

セミリタイア・投資
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セミリタイアとかアーリリタイアとかミニマリストとか最近何かと耳にする機会が増えてきたのではないでしょうか?

そもそもセミリタイア、アーリリタイア、ミニマリストってなんなんだ?これらは関係があるのか?セミリタイア、アーリリタイアしたいけどミニマリストになるべき?

そんな疑問をお持ちの方はこちらの記事で解決します

最近よく耳にするセミリタイアとミニマリストという言葉をご存知でしょうか?

似たようなものでFIRE(Financial Independent Retire Early)、アーリリタイアという言葉も聞いたことがあるかもしれません

まずは言葉の説明から入りたいと思います

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用語解説

セミリタイア

セミリタイア

セミリタイアは完全にはリタイアしないけど、ある程度の不労所得・資産と、週2, 3程度に好きなことだけやって稼げる収入で、週5働くなどの労働生活からは完全までではないけどリタイアするという考え方です

全く働かなくても良い、完全なリタイアとは異なる概念です

私が目指している状態ですね!

そもそもいろいろ便利で自動化・効率化された時代なのに、昔と比べて人間の仕事が減っていないことが疑問です

むしろ仕事自体の複雑さは比較にならないほどなので、もっと仕事に対する時間を減らすべきなんですよ・・・

資本主義という構造が常に成長しないといけない状態にしているのが一因かとは思いますが、せいぜい週2, 3程度でも人間が生きる上での最低限の生産はできるんではないかと思います

資本主義自体は高度成長期のようなまだ技術などが発展途上だった時代には有効なのですが、ある程度発展しきった今、本当に常に成長を求められる構造が人類全体を幸せにするのかが改めて議論されるべきではないでしょうか?

本題とずれたので話をもどします!

ミニマリスト

ミニマリスト

ミニマリストは必要な最低限のものしか保持せずに生活をする人たちのことをいいます

人に良いって最低限必要なものというのは異なるのでそれぞれで最低限のものを保持していて、不要なものは極力排除した生活であれば広義なミニマリスト当てはまると思います

私も広義ではミニマリストに含まれるかなと思いますが、タイトルにもあるように少し遠慮してセミニマリスト(semi-ミニマリスト)ということにします

私は物欲がそこまでありません

車や高価な時計、ブランド品なども欲しいとは思いませんし、ものすごい良い部屋に住みたいとか海外旅行に行きたい!とかそういうのもあまりありません

スマホではゲームはしないのでスマホも1万円くらいの安物で、もちろん格安SIMです

家にあるものは最低限の家電(冷蔵庫、洗濯機、掃除機、レンジ、ティファール)、最低限の服、家具(机、椅子、本棚)、書籍、ゲーム、PC、開発デバイス(VRデバイスなど)、ギター、ヴァイオリン、絵画くらいです

引越しのときも毎回3万円いないくらいなので、比較的ものは少なめな方だと思います

お金をかけるとすると興味のある分野を勉強するための自己投資や書籍代、感動をあたえてくれる素晴らしい芸術や音楽の鑑賞、映画・ゲームなどのエンターテイメントコンテンツなどなど自分を成長させてくれたり、心を豊にしてくれるようなものに大してです

ゲームや書籍もクリアしたり読み終わると、辞書的にあとで必要なもの以外は全部売ってしまいますので実質お金はあまりかからず、場所もとりません

書籍の方は電子書籍も多くなってきたので、技術書・専門書以外はそちらで買うようにしています

書籍は多少お金がかかっても現在の年収にけっこう反映されているし、いろいろ成長さえてくれているので価格以上の価値を得られていると実感しています

FIRE(Financial Independent Retire Early)、アーリリタイア

FIRE(Financial Independent Retire Early)、アーリリタイア

FIREは直訳すると「財政上の独立による早期リタイア」ですが、経済的自由と言う言葉の方がしっくりくるかもしれません

基本、不労所得のみで生活できている状態で、定年の前に早期に仕事からリタイアした状態をいいます

FIREの方は別に好きな仕事だったらやっても良いのかもしれません

あくまで経済的自由で働かなくても大丈夫!という状態で、好きな仕事を我慢するというのとは少し違います

この状態は安定ということでは最強な状態といえるでしょう

セミリタイア×セミニマリストが最善手である理由

用語的なところを抑えたところで、本題に入っていきたいと思います

私はセミリタイア×セミニマリストがある意味、悠々自適に自由に生活を送る上での最善手ではないかと考えています

なぜならば、セミリタイアするとてもどれだけの不労所得が必要となるかは人それぞれだからです

満足のいく生活を過ごすための最低限の収入というのは人によって異なるということです

ブランド品がなくては我慢ならない!タワーマンションに住みたいんだ!海外旅行に毎月行きたい!など欲望の高い人はその分セミリタイアは難しいでしょう

しかし、私のようなセミ二マリストであればだいたい手取りで200万くらいあれば満足な暮らしができます

つまり、セミニマリストであることでセミリタイアへのハードルをぐっと下げられているということです

私は我慢しているのではなくて、本質的に必要で価値があると思う物に対して、その価値分のお金をかけるようにしているというだけです

書籍や年一回の国内旅行、年3回の帰省時の交通費・交際費などをもろもろ入れて満足のいく部屋に住んだとしてそれくらいです

それでも、それをすべて高配当株の配当金などの不労所得でまかなうとなると月17万とそれなりの資産が必要になってきます

また、セミニマリストはこの点でも良い方向に働きます

セミニマリストなので、だいたい年200万〜300万は貯金する余裕があるので、それらを投資に回すことで不労所得の拡大の効率化を図ることができています

最後にまとめます

セミリタイア×セミニマリストのメリット
  1. セミニマリストであれば、セミリタイアするのに必要な不労所得のハードルを大きく下げられる
  2. セミニマリストであれば、不労所得を拡大するための資産拡大が効率的に行える

セミリタイア×セミニマリストは幸福か?

少し哲学的な主題ではありますが、興味のある方はご覧になっていただければと思います

先ほども必要最低限に満足のいく暮らしというのは人それぞれだという話をしました

比較的、欲望が高い人にとっては、セミリタイア×セミニマリストという生活は幸福ではないのでは?やはり我慢になっていないか?という疑問が生まれてくるのではないでしょうか

このあたりについて私なりの考えを述べさせていただきます

欲望は際限がないものである

ある欲望を満たしたときに、じゃあ次はもっと上の欲望を!とやっていれば欲望というものは際限がないものです

年収1億以上儲けている人でも、もっと稼ぎたい!もっとすごい体験をしたい!と思えば無限に欲望をあげることはできます

そういう欲望を持つことによって、年収1億あっても資産が100億あっても不安に感じて不幸に感じ、もっともっと!と苦しみながら足掻いている人というもの少なくないと聞いたことがあります

幸福とは何か?

先ほども述べたように年収1億あっても資産が100億あっても不安に思ったり、不幸に感じたりする人が存在するわけです

逆に私のようなものであれば、資産1億あれば幸福を感じることができるでしょう

そこからわかることは、現在の状態だけが幸福を決定するものではないということです

私は幸福は主に下記2つで決まると考えています

欲望(目標)に対する、現在の状態との距離

欲望(目標)とは、自分が欲しいもの、自分が体験したいもの、自分がなりたいものなど様々なものがあり、みなさんいろんな軸で様々な欲望(目標)をお持ちではないかと思います

例えば年収600万欲しい!という欲望(目標)があるときに、現在の年収が550万あればそこまで現在の状態との距離はないので、それなりに幸福と感じられるでしょう

しかし、年収3000万欲しい!という欲望(目標)があるときは、年収550万では不幸だと考えるでしょうし、不安でいっぱいでしょう

ただ、難しいのが年収600万に到達したときです

その瞬間はものすごく幸福だと思いますが、達成した時点でその欲望(目標)は消えます

そのときに誤って次の欲望(目標)を年収3000万にしてしまうと、そのあと不幸な状態になってしまいます

それでは欲望(目標)がない状態が良いのか?というとそういうわけでもないと思います

人間誰しも自分がやりたことは何か?人生の目的とは何か?と自然と考えてしまうものです

わかりやすい欲望(目標)がないと、「自分がやりたことを見つける、人生の目的を見つける」という答えのない欲望(目標)が顕在化してしまうのです

そのためにものすごく悩んだり不安になったり不幸に感じたりすることが私も経験があります

ハードルが高すぎない欲望(目標)をできれば複数持ち、ある欲望(目標)を達成したときは別の欲望(目標)を目指し、新しい欲望(目標)は同様にハードルを高くしすぎないのが重要だと思います

馬の前に人参をぶら下げるという表現がありますが、まさにああいう感じに自分の欲望(目標)をコントロールすることができる人が幸福な状態になりやすいのではないかと思います

もちろん、自分の能力を高めて欲望(目標)に対する距離を縮める速度が大きい人は多少高い欲望(目標)を持つことは悪いことではありません

それが次の幸福の決まるポイントにつながります

あくまで自分にとって適切に、とりあえず次から次へと動物のように本能的に欲望(目標)のハードルを上げていってしまうのではなく、人間なのだから理性的に自分の欲望(目標)をコントロールするのが幸福に生きるうえでは重要だと思います

欲望(目標)に対して、自分がどれくらいの速度で前進できているかの体感速度

欲望(目標)に対する距離だけではなく、そこに対して前進する体感速度も重要です

ここで体感速度といっているのは、あくまで幸福とはその人の主観で決まるものであるからです

実際の数値的な進捗速度ではなく、自分が成長できている!前に向かっている!と体感的に感じられる速度こそが幸福につながるのではないでしょうか

たとえば年収1000万になるのが欲望(目標)で、現在年収400万だったとします

その時に昇格とか昇給で年収が+200万になったとすると、それなりに幸福を感じられるのではないでしょうか?

これが+10万だと逆に不幸に感じるかもしれません

また実際に数値的な結果に現れているものではなくても、今月は100冊も本を読んだからかなり成長できたはずだ!このままいけばその能力で評価も上がって、もしかしたら転職すればいっきに年収をあげられるかもしれない!

といったような主観的なものでも良いのです

逆に年収1000万になるのが欲望(目標)で、現在年収800万だと状態的にはさほど悪くないように思えばすが、その状態が10年近く続いていて今後も昇給する見込みがないことがわかっていれば不幸に感じるかもしれません

以上のように欲望(目標)に対する距離だけでなく、体感速度も幸福には影響しそうです

そういう意味では、欲望(目標)に対して、自分が前進していると実感できる行動をする というのが重要になってくるのではないでしょうか

昔の人たちからの学ぶ

あまり詳しくはないのですが、仏教などの修行では煩悩を捨てるなどの欲望をなくすようは修行があると聞いたことがあります

昔は特に自分の欲望(目標)に対して前進する行動をとるということ自体が様々な理由で難しく、欲望(目標)との距離をなくすという方向で、煩悩を捨てよという教えがあったのではないかと勝手に想像します

現在の状態をかえずとも心の部分で欲望(目標)をコントロールして不安を解消し、できるだけ幸福を感じられるような精神を持てるようにしたのですかね

今の時代は技術が進歩し、便利なサービスも多いおかげで、欲望(目標)に対して前進するということを個人でやることも相対的に簡単になってきています

とはいえ、あまりにも際限なく欲望(目標)を上に設定しすぎると不幸におちいりますので、そこは人間らしく理性を持って、自分の欲望(目標)をコントロールし、自分の欲望(目標)に対して前進することが幸福になるうえで大事なのではないでしょうか

自由は幸福に近い概念

私が考える自由とは、欲望(目標)をもったときにその方向に舵を取れる選択ができる状態、そこに向かう能力や必要なものがある状態をいうのではないかと考えています

自由になるというのはより幸福になりやすい状態に近づくということと言えます

逆に欲望(目標)の根元は自由になりたいということであるともいえます

※ここでは本能的、動物的な欲望(食欲、性欲、睡眠欲、安定的な暮らし)は除きます

  • お金が欲しいは、お金があれば欲望(目標)に対してお金で解決できる部分は少なくとも解決できる状態であるので、より自由な状態なのでお金がほしいのです
  • 自分が成長したいのは、能力があれば欲望(目標)に対して能力で解決できる部分は少なくとも解決できる状態であるので、より自由な状態なので成長したいのです
  • 誰かに承認されたい、認められたい、仲間がほしいと思うのでは、認めてくれる人や仲間がいれば、彼らと協力して欲望(目標)に対して前進できる可能性が高くなり、より自由な状態なので、認められ、仲間がほしいのです

だいたい上3つに集約されるかなと思います

ブランドものが欲しいというのは自己顕示して誰かに承認されたいというところからきていますし、車が欲しいというのは移動する手段が欲しいということで、自分の能力を高めたいということからきています

補足として、自由すぎて逆に何をして良いかがわからない!という人がいますが、それは自由の定義が間違っています

勘違いしてほしくない点としては、すべてを自分で選択することがイコール自由ではありません

すべての自分で選択しなくてはならない状態というのは逆に不自由です

時には選択肢が多すぎて自分で選択するのが面倒だからある程度おすすめして欲しいことがあると思います

ですのでそういうリコメンド機能を使って代わりに選択してもらうのか、自分で決めるのか自体を自分で選択できる状態が本当の意味での自由です

セミリタイア×セミニマリストは幸福か?

いろいろ見てきましたが、自分の欲望(目標)をコントロールし、自分の欲望(目標)に対して前進することが幸福になると考えると、セミリタイア×セミニマリストは幸福と言っても良いのではないでしょうか?

ある程度自分の欲望(目標)をコントロールし、生活面でまずフルタイムで働かなくても不自由ない状態にし、余裕ができた時間を使って適切に設定された自分の欲望(目標)に対して前進する活動を十分に進めていくことができるということはまさに今まで述べてきた幸福にあてはまるといえます

最後に

少し哲学的なテーマも交えつつセミリタイア×セミニマリストについて、それが最善手であるのか、幸福であるのかについて考察してみました

「なんか不安だな、不幸だな、幸せになりたい」と思っている方は一度、自分の欲望(目標)設定が狂っていないか、欲望(目標)を見失っていないか、欲望(目標)に対してきちんと前進できているかを見直してみてはいかがでしょうか?

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